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やっぱり世田ヶ谷に住もうよ
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頑張る家主のためのITサポートセンター様には、いろいろとサポートをいただき有り難うございました。おかげさまでモビリアは、約3ヶ月で満室になりました。今後とも、ご指導をよろしくお願いいたします。 また、皆様には、メール接続のトラブルにより多大のご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます。
サイト管理者 三嶋 鶴雄 mobiiria@jcom.home.ne.jp せたがやサイトマップへ
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やっぱり世田谷に住もうよ
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世田谷の公共施設 施設は、建物など箱物(ハード)の施設だけでなく、運用するノウハウ(ソフト面)が充実していなければ、決して住民のためになりません。夕張市がいい見本になりました。 住民の生活を少しでも豊かにする施設があり、地域で有効に活用できれば良い施設と言えます。 文化・スポーツ関連施設には、次のようなような施設があります。 スポーツ施設・・・東京厚生年金スポーツセンター、区立総合運動場等20施設 区 民 会 館・・・・北沢区民会館等9施設 区民センター・・・太子堂区民センター等13施設 地 区 会 館・・・ 代沢地区会館等46施設 区民集会所・・・・松沢区民集会所等31施設 高齢者施設・・・・松原敬老会館等5施設 世田谷市民大学 区民フロアー 図 書 館・・・・・中央図書館等15施設 美術館・文学館・世田谷美術館、宮本三郎記念美術館、五島美術館、向井潤吉アトリエ館、長谷川町子美術館、世田谷文学館等 世田谷の公園・・公園・緑道 農 園・・・・・区民農園、瀬田農業公園、(財)世田谷トラストまちづくり 区民健康村・・・群馬県川場村との都市と農村の交流事業 指定・契約保養所・・1ヶ月2泊まで補助制度あり その他・・・・・・福祉・健康関連施設、地域生活関連施設多数
、(財)世田谷トラストまちづくり
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やっぱり世田谷に住もう 堤真一さん
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堤真一さんとのこと-モビリアの思い出 堤真一さんが不動産屋さんとの手続を終えて、世田谷のアパート モビリアにご挨拶に見えたのは、平成3年のある晴れた日のことであった。このときびっくりしたのは、ジーパンの両膝が破れて両方の膝小僧がまる見えだったことだ。この人、家賃が払えるのかいなとこのとき一瞬思ったのも本当のことだ。あとで、これが当時の若者ファッションの一つだと教えられたのは、ずっと後のことだ。
堤真一さんはこのとき20代後半で、若々しく、敏捷な感じがした。舞台中心の人で、映画やテレビには出始めた頃らしく、このとき名前を知らなかったが、そのときすでに関西を中心に熱狂的なフアンがいたらしい。どうしてこのアパートを知ったのか聞いたところ、「渋谷区の笹塚にあるアパートに住んでいたが、台詞を覚えるに声を出すのも周りに遠慮しなければいけない環境で、お風呂もない。帰りが遅くなることが多いので、ゆっくり風呂に入りたいと思い引っ越すことにした」と話す。
同じ京王線沿線を探し、このあたりを歩いていたら、丁度新築中の家があり、九州弁訛りでおしゃべりしている大工さんに話しかけると、大成建設の2バイフォーという建築で、いいアパートだから入りなさいと勧められ、まだ骨組みの段階で決めたそうだ。堤真一さんと一緒にきた女の子は、はきはきした感じの良い若い子で、恋人らしい雰囲気でもなく、単なる友達?舞台仲間?それとも事務所の人?など推量していたが、時々部屋に来て掃除をして行ったようだ。この人から、ときどき舞台で貰うらしい花束を貰ったりしたが、あるとき、「アメリカに勉強に行きます」と言って姿を見せなくなった。
その後、堤真一さんは、大河ドラマや映画に出てどんどん有名になり、追っかけの女の子がアパートの周りをうろうろするようになって、近くの桜上水の管理の厳しいマンションに引っ越して行った。堤真一さんを巡って、ある大物女優とのロマンスが噂されたりしていたが、堤真一さんももう40代、もてるからって遊んでばかりいないで、はやくかわいいお嫁さんを貰わないかと思っている今日この頃である。、 サイトマップへ
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やっぱり世田谷に住もう 2
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東急世田谷線のお散歩 今日は、東急世田谷線の「松原駅」から近くの赤松公園(赤堤4丁目)を起点として、沿線を歩いてみることにしよう。赤松公園は、松原駅近くの線路沿いの公園で、公園から電車が見られるのだ。小さいけど金網でかこまれたグランドや水遊び場もある。三軒茶屋方面に向かって線路沿いに4分ほど歩き、踏切をわたって1分ほどで六所神社(赤堤2丁目)の大鳥居の前にでた。世田谷区の保存樹木もあって境内は森閑としている。府中にある現大国魂神社から遷宮してこの辺りの鎮守と定めたそうで古いいわれを持つ神社だ。
ここから、7分ほどで「山下駅」だ。世田谷線はほとんどが無人駅で、小田急線とここで交差している。小田急線の駅名は、豪徳寺駅で駅名が違っている。小田急線は、踏切をなくすことと複々線のため高架化を進めてきたが、世田谷地区では下北沢周辺を除いてほぼ完成、豪徳寺駅もエスカレータやエレベーターが設置され立派になった。
また、線路に沿って商店街を歩き、踏切りをわたって「宮の坂駅」の手前の右側にある世田谷八幡宮(宮坂1丁目)に入る。お祭りのときはにぎわうこの神社も今日は人っ子一人見えない。境内には土俵が作られ、観客席もある。昔は奉納相撲で豊作、凶作を占ったそうだが、今でも秋祭りには近くの農大生などによる奉納相撲が行われている。神社を出て「宮の坂駅」に出る。駅前には、玉電時代の車両が展示され、中にも入れる。
踏切をわたって4分ほど歩くと左側に豪徳寺の入り口がある。彦根藩井伊家の菩提寺で招き猫でも有名なお寺である。一角に井伊直弼をはじめ井伊家のお墓があり都の指定史跡となっている。豪徳寺をすぎて3〜4分のところに左側にうっそうとした木々に囲まれた小高い丘の世田谷城址公園が見えてくる。この城は、足利氏の同族である吉良氏の築城と伝えられ、後に豊臣秀吉が小田原攻めの時に吉良氏は戦わずして逃亡、後に廃城となった。いまは都指定史跡の小さな公園であるが、土塁や石垣、空堀などが残っており、なかなか雰囲気のある公園である。
公園の角の四つ角の信号を右に曲がって歩くと「上町駅」にでる。踏切をわたり世田谷道の旧道、新道をわたり、まっすぐ行くと大山道(旧道)につきあたる。通称ぼろ市通りで、写真のようにいまは閑散としているが、12月と1月のぼろ市のときは、ラッシュアワー時の電車の中のように押し合いへし合いで買い物をするのも大変だ。この近くには代官屋敷があり、世田谷代官だった大場家の屋敷と表門が国の重要文化財に指定されている。
世田谷区資料館もあって一般に公開されている。(月曜日休館、無料)。ここを今日の目的地とした。言い伝え等は(世田谷区発行「世田谷のふるさとの話」)から引用
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