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やっぱり世田谷に住もうよ
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 世田谷羽根木公園の梅
世田谷羽根木公園 今年の梅の開花が遅れていると聞いて、世田谷梅祭りも終わった3月6日に羽根木公園に出かけてみた。小田急の梅ヶ丘駅北口のすぐそばにあり、井の頭線の東松原駅から歩いても5〜6分、自宅の赤堤から歩いても20分くらいのところだ。1月に左足腓骨の骨折で、ほとんど歩いていなかったので、リハビリをかねてゆっくり歩くことにした。
都立梅ヶ丘病院(旧青山脳病院青山分院) 梅ヶ丘駅の手前で赤堤通りにでると都立梅ヶ丘病院前を通る。ここは、歌人で精神科医でもある「斎藤茂吉氏」が焼失した青山脳病院を移し、青山脳病院松原分院として再建し、後に東京都に移って都立松沢病院分院、その後、いまの都立梅ヶ丘病院となった。すぐ横には、障害者の施設である都立光明養護学校が並ぶ。駅前の信号を左折してすぐ羽根木公園入り口にでる。羽根木公園は、東京都が開設後、昭和40年に世田谷区の公園となり、梅の植樹やテニスコート、野球場、梅ヶ丘図書館、プレイパーク、樹木園、休憩所、駐車場など設備の充実がはかられてきた。
世田谷梅祭りと富永一朗先生 昭和53年からは梅祭りが毎年開催されるようになり、地元商店会による模擬店や草花などの植木市、お茶や甘酒の接待、餅つきや踊りの発表会や漫画家の「富永一朗」先生のサイン会などのイベントが行われてきた。富永一朗先生とは、昔新宿ゴールデン街にあった飲み屋ぷーさんの常連だったことがあり、そこには漫画集団の先生方はじめ有名人によくお会いした。富永先生は、このぷーさんでお見かけした。今は亡くなったクイズダービーの「はらたいら氏」も毎日のようにカウンターの奥に座り、興が乗ったときに、ギターの伴奏で美声を聞かせてくれたのを思い出す。富永先生も、ぷーさんのことは懐かしいと言われ感慨深げであった。 さて、肝心の梅見であるが、梅の木が傷んできているようで、太い枝が伐採されている木も多い。花も下枝が無く、高いところについていて、以前に比べて見栄えがしないように感じられた。ちょっと残念。木の周りが踏み固められ、木が弱ってきたのが原因なのか。
六郎次山と根津山 話が変わるが、羽根木公園が公園になる前は、住んでいた人の名前をとって「六郎次山」と呼ばれ、その後、東武の根津財閥が所有していたことから「根津山」と呼ばれていた。当時は草藪に覆われた小高い丘であったが、今では世田谷区の公園として整備が進み、梅祭りや桜の花見時の休日は、遠くから多くの人が訪れるようになった。後は、以前のような梅の木の復活を望むのみである。
テーマ:病気と付き合いながらの生活 - ジャンル:心と身体
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